円覚寺 大方丈
標高 42.7m
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 方丈とはご住職の居間のようなもの、現在は各種法要の他、坐禅会や説教会、夏期講座等の講演会や秋の寶物風入など、多目的に使われています。

 方丈の石仏「百観音」は、江戸時代に拙叟尊者が境域に岩窟をうがって、百体の観音石像を祀った事がはじまり。1888年に洪川禅師が西国三十三体の観音像を新たに刻み、補陀落迦観自在窟と名付けて境内の一部に安置し、1983年現在地に移された。
 唐門の扉の両側の扉に、浮き彫りがあります。
 龍の彫り物。
 菊の紋章が入った唐門(からもん)(勅使門(ちょくしもん))が見えます。石段を上ると右に庫裏があり、唐門の脇(わき)を入ると左側に百観音の石碑があり、正面には釈迦如来(しゃかにょらい)像をまつる方丈(ほうじょう)があります。方丈の脇の木戸口を出て右に進むと、右側には方丈の庭が、左側に妙香池(みょうこ
うち)(国名勝)があり、池の向こうに「虎頭岩(ことうがん)」があります。

 鎌倉市教育委員会発行「かまくら子ども風土記(13版)」より






 百観音霊場の由来は、養老二年(718年)徳道上人が開設した西国三十三観音霊場と、鎌倉時代、観音信仰に篤かった源頼朝が開いた板東三十三観音霊場と、その後にできた秩父三十四観音霊場の総称とされています。
 円覚寺方丈前の百観音は江戸時代、拙隻尊者が
百体の石仏を岩窟に泰安したことが由緒となり、明治に至って今北洪川老師が整備されました。
 円覚寺の百観音を結願所として円覚寺派の寺院に百観音巡礼の札所が開設されました。
 昔は、霊場に写経を納め、その際に納経印をいただいていましたが、それが現在の御納経帳または
御朱印帳に変わったものとされています。行く先々の霊場で観音さまの由来を知り、観音さまの御利益にあずかり、観音さまを念じながらお参りされると、心が清浄になり安心を得られることと思います。
   (立て看板より)




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