陸奥稲荷神社
福山市鞆町鞆  標高:6.5m
ウォーキング地図へ
 ここでは、航海の安全を祈る港の鎮守社です。

 稲荷は、もともと五穀豊穣をもたらす農耕神ですが、稲荷神を氏神とした秦(はた)氏が、機織りを仕事のひとつとしていたため、機織りは商業にも工業にも通じるので、商工業の発展につれて守備範囲を広げ、産業全体を司る神さまとなっていきました。
 そのため、農村部では農業神として、都市部では商業の神さまとして、商人にも人気があったのです。また、勝負師やギャンブル愛好家にも、なかなか頼りになる神様になりました。
 祭神はお稲荷さんの宇迦御魂神(うかのみたまのかみ)です。
 
 地形的に逃げられる心配がないだろうということで、遊廓の女郎さん達もここへは参ることを許されていたようです。


山から降りてきたキツネ

 稲荷神社の境内では眷属(けんぞく)像(キツネの像)と出会うことが多くあります。京都府に鎮座する伏見稲荷大社をはじめ、稲荷神社の境内では脊属像(キツネの像)と出会うことができます。このキツネは、稲荷神社の祭神で食物を司る神・宇迦之御魂大神(稲荷神)の使いです。キツネが稲荷神の使いとされるは、山と里の中間の里山に棲み、人里で目撃されることが多かったためです。古来、豊穣をもたらす山の神は里へ降りると田の神・稲荷神になると信じられていたことから、いつしかキツネは稲荷神の使いと考えられるようになったともいいます。また、キツネの毛並みの色、尻尾が稲穂を想起させることにちなむともいわれています。
 昔の人は「きつねは稲荷さまのお遣いで神通力があり、人間にとって良いことも悪いこともする」と信じていた。神様のお遣いであるきつねを殺しでもしたら恐ろしいたたりがあり、たとえ石を投げたりおどしたりしただけでも、その人の顔をよく覚えていて、夜になると大勢の仲間を集めてその家に押しかけ、家畜を喰い殺したり家を壊したりして一晩中あた(仕返し)をするといわれていた。
 人びとはきつねが人をばかにしたり、人里をうろついてわるさをしたりしても、じつと我慢して、
きつねに恨まれないように気をつけていた。もの日には好物のあぶらあげなどをお供えしてごきげんをとっていた。





圓福寺へ:  鞆港へ: