小町神社
厚木市小野  標高:78.8
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 小野小町は篁の次男小野良貞(良真)の娘で美人の歌人とされ、ついには深草少将を通い詰めさせて死なせたといいます。
 小町は生誕地も墓所も複数あり、在原業平(ありむらのなりひら)が陸奥の国八十島で小野小町の髑髏(ありむらのなりひら)に出逢って涙したという「髑髏小町」の伝説もあり、ミステリアスな存在です。
 小町が化粧をする度に上って四方を見渡した所
 小町塚(小町墳墓)

 京都の随心院にある文張地蔵菩薩(ふみはりじぞうぼさつ)は、小野小町が男たちからもらった千通の恋文を埋めた場所といわれ、この文塚に祈れば恋文が上達して思いがかなう、とされています。
 この塚は、その話しを受け継いでいるのでしょうか?
     小町竹(業平竹)
 小野小町が生きていた平安時代の初期には、着物を裏返しに着ても問題はなかったようですが、現代ではタブーですね。
 絶世の美女として世に知られている平安時代の歌人、小野小町はクマの掌を好んで食べていたらしい。
 クマの掌といえば、昔から「クマの右手は左手より高い(値段が高い)」などといわれている。
 クマの手は、右と左では値段が違い、右手(右前足)のほうが高いという。
 どうしてそうなのか。クマは蜂蜜が好物、ミツバチの巣を襲って蜂蜜を盗む。そのときクマは右の前足、すなわち右手を使って取ることが多い。そこで右手は蜂蜜だらけになり、それが肉にしみ込んでいるから、
 小野小町は篁の次男小野良貞(良真)の娘で美人の歌人とされ、ついには深草少将を通い詰めさせて死なせたという。
 小町は生誕地も墓所も複数あり、在原業平(ありむらのなりひら)が陸奥の国八十島で小野小町の髑髏(ありむらのなりひら)に出逢って涙したという「髑髏小町」の伝説もある、ミステリアスな存在である。
 片葉松跡
 鯖(さば)は足が早い魚として知られている。俗に「鯖のいき腐れ」などといい、形状はそのままで腐ってしまうのだ。
 「おもかげも 変らで夏の くされ鯖」

これは小野小町の
 「面影の 変らで年の つもれかし たとひ命に 限りありとも」

の文句取り。おもしろい一句である。
(「お江戸の意外な「食」事情」中江克己著より)
右手のほうがおいしいというわけだ。
 しかし、この説明にはちょっと問題がある。果たしてクマは右利きなのだろうか?

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