尾道市:向島一周自転車旅
移 動 時 間:3時間32分   移動平均速度:9.7km   積 算 距 離:34.3km
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 写真に、泳いでいる人々が写っているが、ここは海水浴場ではない。海水浴場は橋を渡った島の反対側(西側)である。

 ここは、少し沖に出ると、時間によっては潮流が早そうだ。
 この橋は、向島と岩島を結ぶ橋だ。いつできたのかは知らない。だいぶ前からかかっていた。岩子島にも海水浴場がある(いまもあるのだろうか?)子供時代は尾道の駅前桟橋から岩子島の海水浴場まで船が出ていた。だから、向島から岩子島に行ったことはない。
 岩子島の海水浴場で、父がよく言っていた。「泳いで、南の岬(海水浴場につながっている)の方へ行くな、流されてしまうぞ」と、「もし流されたら、戻ろうとしないで、因島まで行け」と。
 陸上と海では“判断の基準が違う”(距離が近いから楽と、単純に考えてはいけない)ことは、知っておき
たいことだ。

 向島の西側を過ぎたようだ。本土が見始めてきた。この先は、徐々に工場や造船所等、それに住宅で埋まってくるはず、“しまなみのんびり気分の自転車旅”の終わりが近づいてきた。
 対岸は、尾道の西部(吉和)

 吉和は漁港で、昭和40年頃まで、「家船(えぶね)」という、船に住み込んで、広く瀬戸内海で漁業しており、年に2回(盆と正月)しか尾道には帰ってこなかった。
 尾道(本土)の西側が見えてきた。本土だと知っているから分かるが、むかしは経験の浅い船乗りには、島なのか本土なのか見分けはつかなかっただろう。

 村上水軍が繁栄したのは、その地域の干満の時刻と、その時の、水面下の岩礁の状態を知っていたから、
なのだろう。

 穏やかな瀬戸内なのだが、むかしは危険な「冒険の海」だったのだろう。




 造船所

 NHKの朝ドラ「てっぱん」に登場した造船所だろうか?
 いつの間にか潮もだいぶ上がっている。満潮の時間は知らないが、満潮に近づいてきているのだろう。

 尾道に住んでいたときは、新聞で「満潮・干潮の時間」欄を無意識のうちに見ていたが、その習慣は、今は消えてしまった。
 そういえば、瀬戸内海以外で干満の差を気にしたことも、あまりなかったと気がつく。風景は干満の差で変わるはずなのにである。