爽籟軒(豪商:橋本家)庭園
尾道市久保二丁目  標高:2.9m
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 橋本家は、江戸期から尾道を代表する豪商として知られ、尾道市街地の中で広大な当地は橋本家の別荘であり、爽籟軒と言われていました。橋本家は江戸期に代々町年寄を務め、田能村竹田、菅茶山ら多くの文人墨客と交友し、頼山陽や本因坊秀策を支えたことで知られています。

 また橋本家は、重要文化財浄土寺方丈建立(1690年)をはじめ、神社仏閣への寄進や、飢饉に際して慈善事業(1834年慈観寺本堂建立)を行い、更に1878年には県内初の銀行である第六十六国立銀行(現広島銀行)の創業、尾道商業会議所の創設(1892年)など、近代産業や諸機関の普及、育成に尽力しました。

 こうした江戸時代の茶園文化を伝える爽籟軒庭園は、尾道を代表する庭園として知られ、年間を通じて茶会が行われ、毎年、10月第2土曜日は夜間特別公開として、尾道灯りまつりにあわせ、優雅な姿を公開しています。また、今年はしまのわ大茶会として、10月19日に爽籟軒でも茶会が行われます。
(尾道市東京事務所便り 平成26年9月号より)
 右の建物は「腰掛け待合、砂雪隠」
 爽籟軒庭園は、腰掛待合から南北に続く長い露地や築山と共に、中央部東西へ池並びに茶室を配して構成され、多くの樹木とともに築庭されています。庭園築庭時期は江戸期と推定され、築庭者は真宗僧木翁、或いは小堀遠州とも伝えられます。


 露地及び踏石は、池を境に南北の意匠が異なっています。特に南端踏石は、爽籟軒船着場を利用した客人を迎える場として、長石が廊下のように造作されています。このほか、腰掛待合西側の築山西面部石組は、複雑な断面細工を施し垂直に積み上げられています。
 茶室は、庵号を明喜庵とし、京都山崎にある千利休が建てた国宝妙喜庵待庵の写し、二畳隅炉茶室とともに、四畳半茶室の二席を有しています。




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