磯の辨天神社 → 熊野神社へ
距離:257m 標高 出発:7.6m 到着:11.0m 最高点:11.0m 最低点:5.3m
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【民話 丹花の子育てゆうれい】

 むかし、丹花小路に一軒のあめ屋がありました。そのあめ屋では、でんぷんで作った白い「のしあめ」を売っていました。もろぶたいっぱいの「のしあめ」をノミでわって計り売りしていました。丹花小路で作られるので、丹花あめとよばれていました。そのあめ屋で、そのころふしぎな出来事がおきていました。
 トントン、トントン、毎晩のように遠慮深げに戸をたたく人がいました。
「おや、今晩もおいでたようだ。はい、はい今あけますけえ」
 あめ屋の主人は、いそ
を言って帰って行く女の人のうしろ姿を見送っていました。
 ある雨もようの夜のことです。いつものようにトントンと戸をたたくので、主人が戸をあけました。白い手が出て、
「あのう、丹花あめをください。でも、もう銭がありません。それで、これを銭のかわりに」
 見ると、白い着物のかたそでをさしだしています。
「銭はいらんよ。さあ、あめを持ってお帰り」
「ありがとうございます」
 女の人は小さな声で言い、帰って行きました。
 なにか深いわけがありそうなので、主人はこっそりと女の人のあとをつ
 商店街に出たら、左折(東へ)します。
(左折後)真っ直ぐ行きます。
いそと戸をあけました。
 戸をあけると、いつものように細くやせた女の人の手がそっと戸の中に人り、
「丹花あめをください」と小さな声がします。
 その手には、穴のあいた六文銭がしっかりとにぎられています。主人はいつもあめをつつみ、その女の人
の手に渡して銭をもらっていました。
 しかし、なんだかわけがありそうな女の人なので、このごろでは
「さあさあ、銭はいらんけえ」
とひとつかみのあめをそっと渡すだけです。
「ありがとうございます」と消え人りそうな声でお礼






 左の狭い道に入ります。
けて行きました。暗い夜道です。白い着物の女の人はすべるように行きます。主人もそっと急ぎます。
 すると、女の人は近くのお寺の門をくぐるではありませんか。いそいで主人もお寺の門の所にきました。風がさっと吹いてきました。
 主人が門の中におそるおそる入ると、青白い火がぼ
うっと浮かんでいます。
「ひゃあ、ひとだまだ」
 主人は腰がぬけそうです。青白い火はパッと光ると、墓場の方へ飛んで行きました。
「おしょうさま、おしょうさま、ひとだまが出ました」
 主人はお寺に駆け込みました。
「何事ですかいのう」
 おしょうさんが出てきたので、主人は、あめを買いに来た女の人をつけて来た話をしました。
 おしょうさんは
「そう言えばこの前から、夜な夜な墓場で赤子の泣き






声がするといううわさをしょうたのう。こりゃあ、行ってみにゃあいけん」
 そう言うと、主人といっしょに墓場へ急ぎました。すると、ひとつの墓石にまるまるとよく肥えた赤子が、よっかかって眠っていました。先ごろ、産み月で大きなおなかのまま死んでいった女の人の墓石でした。そしてあたりには、丹花あめの紙袋が散らかっていました。
「こりゃあ、産み月のおなかをかかえたまま、死ぬにも死にきれず、執念で産んだ赤子にちがいない」
「そうじゃ、そうじゃ、赤子に丹花あめをなめさせて育てておったのじゃ
 正面に熊野神社があります。(いまは建物はありません)
 熊野神社です。
ろう」
 おしょうさんとあめ屋の主人は、母親の子に寄せる深い愛情に心を打たれました。
 その後、赤子は心のやさしい人に引き取られていきました。それからというもの、あめ屋に女の人は二度と現れませんでした。


尾道民話伝説研究会 編「尾道の民話・伝説」 (2002年5月刊)より転載