福本渡船 → 尾道渡船
距離:428m 標高 出発:2.7m 到着:2.4m 最高点:2.7m 最低点:2.4m
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けにならないように」
 姫は固く戒めながら美しい干箱をさし出しました。嶋子は手箱を小脇にかかえ、なげき悲しむ姫に背を向けたと思ったら、もとの玉の浦の浜辺に立っていたのです。
 ところが、あたりの様子はすっかり変わっていまし
た。嶋子はあまりにもの不思議さに、通りすがりの人々に知り合いの消息など聞いてみましたが、誰一人として知っている人はいませんでした。一日中たずね回り、最後のたのみと、一人の老人を呼び止めました。
「もし、私はこの浦の奥の水成の嶋子という者です。
ついニ、三年前のことです。サメが来て、私をこの世とはちがった所につれて行き、そこで私は婿になりました」と、今までの生活をことこまかに詁しました。
 話を聞いていた老人は、しげしげと嶋子を見つめて言いました。
「そうすると、あなたは龍宮へ行った人と思います。





















その話は、私のおじいさんが子どものころ、そのまたおじいさんに聞いたということです。そのまたおじいさんも子どものころ、そのまたおじいさんに聞いたということです。そうしてみると、あなたが龍宮に行ったのは、十代もむかしのことになります。龍宮ではこの世の一年は一日のようだと聞いているので、数百年
たつのもわずか一日のようだと聞いているので、数百年たつのもわずかの年月でしょう」
老人も嶋子もお互いの話に驚くばかりです。
 今さら故郷へ行ってもむかしの面影はないでしよう、と引き止める老人に別れを告げ、嶋子は不安と期待を胸に、故郷を訪ねました。と、どうでしょう。老
人の話のとおり、知った人は一人もなく、まして龍宮に行った人のことなど誰一人として知りません。嶋子は悲しみをこらえて、以前住んでいたと思われる所に行ってみると、そこには見覚えのある大石がありました。
「ああ、これは庭にあった大石だ」





















 干潮になるとむかしの石積みが顔を出します。瀬戸内海は干満の差が大きいので、注意してみると、干潮と満潮の景色が違います。
 嶋子は石に寄りかかると、姫にもらった箱をじっと見つめました。
「こんなに変わってしまったふるさとにいても仕方がない。姫のところへ帰ろう」
嶋子はそおっと箱を開けました。すると箱からスーツと一筋の白い煙が立ちのぼり、嶋子の体は見る見る年
老いて、石にもたれたまま死んでしまったのです。
 あたりの人たちは、嶋子のなきがらを大石のそばに埋めて、小さな祠を建て、浦島の社と言い伝えました。
尾道民話伝説研究会 編「尾道の民話・伝説」(2002年5月刊)より転載