開基:坂上田村麻呂、1596年、天應院八世天山存雪大和尚が創建。寛永年間(1624~44)に浅草「東岳寺」の慧林宗哲が晋住し伽藍を建立。
本尊・十一面観音は、慶長末期に寺の井戸から現れたもので、大同年間(806~10)に坂上田村麻呂が観音勧請の聖地として祀ったものといわれている。
ここは武相四十八ヶ所観音霊場の三十二番所になっている。
下溝駅の北側、鳩川の八幡橋を渡った高台。補沱山。曹洞宗。本尊十一面観音(慶長末期、寺の井戸から出現した。井戸は現在も残されている)。寺の縁起によると平安期の大同年間(806〜10)すでに坂上田村麻呂によって観音勧請の聖地と定められたという。創設慶長元年(1596)、開山天山存雪(天応院八世)。開基鉄山牛。武相観音第32番の札所でもある。墓地には俳人宝寿堂樹徳墓、郷土史家座間美都治墓があり、境内には道元禅師詠歌<山の端のほのめくよひの月影に光もうすくとぶ蛍かな>を座間美都治筆で刻んだ歌碑も建つ。