千光寺 → 市立美術館へ
距離:318m 標高 出発:96.6m 到着:118.7m 最高点:118.7m 最低点:90.5m
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 本堂から少し下り、西へ行きます。(右手に墓地があります。)
 吉井 勇 (歌人)
「千光寺の御堂へのぼる石段は わが旅よりも長かりしかな」
 「明星」や「スバル」で活躍した歌人。51歳で四国路、中国路を歌行脚した時の短歌が刻まれている。
 古歌
「ぬばたまの夜は明け ぬらし玉の浦に あさりする鶴鳴き渡るなり」
 尾道の港を謳った歌として、古くからまちの人々に愛謡されてきたもの。作者の名は伝わっていない。
 「明星」や「スバル」で活躍した歌人。51歳で四国路、中国路を歌行脚した時の短歌が刻まれている。
(Onomichi Official Guide Book より 発行:尾道市)
 尾道の港を語った歌として、古くからまちの人々に愛謡されてきたもの。これも作の人々に愛講されてきたもの。
(Onomichi Official Guide Book より 発行:尾道市)












 小杉 放庵 (画家)
「岩のまに 古きほとけのすみたまふ 千光寺山かすみたりける」
 風刺画、洋画、筆絵など、多彩なジャンルで活躍した画家。日露戦争に従軍し、反戦詩画集も発表した。
 鼓岩(つづみ岩)、別名ポンポン岩と呼ばれ、岩の上を石で打つと「ポンポン」と鼓のような音がします。
 右側の岩の傷は大阪城築城の時、石垣材として搬出すべく割りかけたノミの跡だといわれています。
 風刺画、洋画、筆絵など、多彩なジャンルで活躍した画家。日貴戦争に従軍し、反戦詩画集も発表した。
(Onomichi Official Guide Book より 発行:尾道市)

 次頁に【民話 鼓岩とお姫様】を載せています。












 鼓岩(つづみ岩
 陣幕久五郎
「うけながら 風の押す手を 柳かな」

 島根県に生まれて尾道で力士になり、江戸に出て第十二代横綱となる。光明寺に墓と手形の石碑がある。
 「頼山陽の像」

 頼山陽は日本外史の著者。「日本外史」は江戸時代後期に頼山陽が著した国史の史書で、幕末の尊皇攘夷運動に甚大な影響を与えた。  
 島根県に生まれて尾道で力士になり、江戸に出て第十二代横綱となる。光明寺に墓と手形の石碑がある。
(Onomichi Official Guide Book より 発行:尾道市)
 広島市出身の歴史家、漢詩人。尾道には平田玉蕊など文雅の友が多く、幾度も訪れて詩を作った。
(Onomichi Official Guide Book より 発行:尾道市)